こんにちは。福岡臨床心理オフィスです。
12月に入った途端に、厳しい寒さを感じる日が増えました。本格的な冬の訪れを実感しています。
当オフィスがある博多駅周辺もクリスマスイルミネーションで美しく彩られ、とても華やかです。
冬の澄んだ夜空に映えるイルミネーションの輝きに、目を奪われることも少なくありません。
さて、今回のテーマは「道草」についてです。
普段とは違う道を通ったり、いつもは通り過ぎるだけのお店に立ち寄ってみたり…。「道草」は、私たちの脳にどのような影響を与えるのかを考えてみたいと思います。
■たったの100mでも風景は変わる
私がオフィスへ通勤する際に通る道の途中に、大きめの公園があります。会社員風の人が一休みに利用したり、ベンチに座っておしゃべり
いつもは車道の脇にあるコンクリートの歩道を歩きながら、左手にある公園を眺めていましたが、ある日公園に踏み入ってみました。
落ち葉を踏むたびにカサッ、サクッ、という乾いた葉っぱならではの音がします。その音を楽しみながら、公園の端にあるストレートな道を進みました。
その時、私は心の中で「うふふ」と楽しい気持ちになりました。
その距離、たったの100m弱…。
でも、車道に沿って作られた歩道では、そのような気持ちにはなりません。右側を通る車が気になりますし、「歩道に積もった落ち葉をかき集めて掃除するのは大変なことだろう」と想像する程度です。
「公園の端を歩くことと、歩道を行くことの何が違うのだろう?」と自分の心に問うと、
- 街中なのに土と木がある景色は嬉しい
- 落ち葉が重なり合っているので踏みしめられる
- 見上げれば、まだ紅葉の残っている木があり、風に舞って木の葉が舞い散る様子を見られる(もちろん、晴れの日に限りますが…)
という理由が見つけられました。
100mの距離を「車道の横にある歩道を使う」のか、あるいは「公園の入り口から入って歩道と並行している公園内の歩道を使う」のか?どちらを選ぶのかにも決断が要ります。
たとえば効率を優先すれば、公園内を歩くことで歩道よりも10秒程度ロスするかもしれません。最短時間で目的地に到達するためには、歩道を進む方が無駄はないでしょう。
■道草が脳を鍛える
そのようなことを考えていた時に、ふと前に本で読んだことを思い出しました。
本のタイトルは「脳の強化書」(著・加藤俊徳/発行・あさ出版)と言います。
本の中にはさまざまな興味深いことが書かれていましたが、中でも印象に残っているのが「脳は“新しい経験”を求めている」という部分です。
いつも“通行”している思考は「高速道路」であり、たやすく物事をこなすのですが、それは自ら「脳の癖」
「道草」とは、言うなれば「新しい体験」を求めていくことです。
例えば、
- 書店に行った時に、自分が普段接することがない業界の書籍コーナーへ行って、本のタイトルを黙読する
- 利き手と反対の手で歯磨きをする
など、一見すると“無駄”に思えるようなことを敢えて行うことで、脳が刺激されるのです。
人は経験を重ねるごとに、体験や日常に縛られるようになりがちです。
子供の頃は、思いのままに「これにアレもプラスしてみよう」と、ほんの少し難しいことを面白がっていたはずなのに…。
大人になると、つい効率を重視して「無駄なこと」と切り捨ててしまう物事が増えてきます。でも、その「無駄なこと」が脳に刺激を与えるのではないでしょうか。
今回、私がいつもとは違う道を歩いて「うふふ」と嬉しくなったのは、「こんな刺激を待ってた!」という脳の囁きだったのかもしれません。
(臨床心理士 調)