こんにちは。福岡臨床心理オフィスです。
お盆を迎え、夏の強い陽射しの中にも、少しずつ季節の移ろいを感じる頃となりました。帰省や旅行、家族との再会など、日常とは少し違う時間を過ごす方も多い時期です。
そんな時だからこそ、自分が何に心を動かされるのかを、あらためて感じる機会が生まれることがあります。
さて、毎回“こころ”に関するテーマでお届けしている当ブログ。今回は、「私の『好きなもの』が自分を濃くする」という話題で綴りたいと思います。

「私はこれが好き」という感覚
「私はこれが好き。」
その小さな実感は、自分らしさを育てる大切な養分になるのではないかと私は思っています。
お気に入りの器、何度も足を運びたくなる場所、美術館で心を奪われた作品、ふと耳に残る音楽。そうした「好き」は、誰かに教えられたものではなく、自分の心が自然に反応した証です。
情報があふれ、次々と新しいものが流れていく時代だからこそ、「私はこれが好きだ」と感じた瞬間を意識することは、自分という人間を少しずつ濃くしていく作業なのかもしれません。

有田での思いがけない再会
先日、佐賀県有田町を訪れたとき、思いがけない出来事がありました。
私は以前から食器が好きで、有田へは数年に一度ほど訪れています。
有田焼の中でも特に歴史あるメーカーとして知られているのが、香蘭社と深川製磁です。香蘭社は1879年(明治12年)創業、深川製磁は1894年(明治27年)に設立されました。
有田にあるそれぞれの本店はその佇まいに品があり、足を踏み入れたくなる場所です。
香蘭社の磁器製品の中でも、特に気に入っていたのが、香蘭社本店の道を挟んで隣に建てられていた赤繪町工房の製品でした。
クラシックな有田焼とは少し違い、どこか実験的でモダン、それでいて愛らしさのある絵柄に惹かれ、少しずつ買い足していたのです。
その器を使う時は、心の中で「ふふっ」と嬉しさで笑っていました。
ところが2022年に訪れてみると、赤繪町工房の敷地には何の跡形もなくなっていたのです。
後で調べると、職人の後継者不足などの理由で制作を終了していたのです。
「もうこの器には出会えないのだ。」
そう思うと、とても寂しい気持ちになりました。
終わりというものは、案外、前触れもなく訪れるものなのだと感じたのを覚えています。

なくなったと思っていたものとの再会
そして今年、香蘭社の本店を訪れました。何も知らずに店内を歩いていると、一角に「赤繪町シリーズ」のコーナーが設けられていました。
そこに、私が好きな図柄の磁器が並んでいたのです。眼がパッと開いて、息をのむような感覚でした。
後で知ったのですが、多くのファンや社員の方々の思いもあり、若手職人の手描きによる新しいシリーズとして2025年に復活したとのことでした。
図柄を手書きしている職人さんの復活への想いが込められているような製品を見て、「やっぱり私はこれが好きだなぁ…」と、再確認しました。
「好き」は自分を教えてくれる
私たちは毎日、多くの情報に触れています。流行や評判、人の評価を見ているうちに、「自分は本当は何が好きなのだろう」と分からなくなることもあります。
だからこそ、たとえば
- 美術館で「今日、一番心に残った作品はどれだっただろう」と振り返ってみる。
- 街を歩いていて、「この景色が好きだな」と立ち止まる。
- 器や音楽、本や香りなど、「なぜか心が動くもの」に意識を向けてみる。
そんな積み重ねが、自分らしさを少しずつ育ててくれるように思います。

「好き」は、誰かと比べるものではありません。有名だから好きになる必要も、人が勧めるから好きになる必要もありません。自分の心が「これだ」と反応したものこそ、その人だけの大切な感性なのです。
感性を意識することの大切さ
忙しさや周囲への適応を優先しているうちに、自分の感覚が後回しになってしまうことがあるかもしれません。
そのようなとき、「好き」「気になる」「また見たい」「また聴きたい」という小さな反応に目を向けることは、自分自身を知る手がかりになります。

物、景色、楽器の音、場のもつ空気感、人がまとう雰囲気など、目に見えるものもあれば、見えないものもあります。
しかし、自分の心の中に起きた小さな反応を見過ごさず、「私はこれが好き」と言葉にしてみること。「好き」の積み重ねが、自分自身をより豊かに、より深くしていくのではないでしょうか。
その気持ちを大切に育てていくことが、自分らしく生きる力につながっていくように感じています。
(臨床心理士 調)


